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ニクソンショック以来の金:限り無く発行可能な通貨の50年間

「金本位制」終焉後に起こったことについて考察してみましょう。
 
8月15日(日)は、アメリカが米国ドルを金に裏付けて支えることを終えて50年になります。
 
当時、ドルは世界の通貨システムの要であったため、金は世界の価値を測る究極の基準としての役割を終えたことを意味しました。
 
ニクソン・ショックとして知られているように、この動きは、平和時の記録的なインフレを引き起こし、世界の資本の自由な流れを可能とし、現在では、貨幣は、重さもなく、錨もなく、限界もない、単なる浮動する価格と化しています。
 
現代の中央銀行による量的緩和はその状況を証明しています。
 
しかし、Tricky Dicky(リチャード・ニクソンのニックネーム)でなくとも、遅かれ早かれアメリカの大統領の誰かが行っていたことでしょう。つまりは、変化は避けられないものでした。ベルギーの経済学者、ロバート・トリフィン氏が1959年に議会に提出した「ジレンマ」によると、第2次世界大戦後に、米国が金に裏付けられたドルを基軸として構築した世界の通貨システムは、1959年にはすでに上手く機能しすぎていたとのことです。
 
ドルが金に固定され、他のすべての通貨がドルに固定されることで、米国の通貨は政府間の国際的な決済を行うための地金の代わりとなっていました。
 
つまり、世界は貿易と成長のために、より多くのドルを必要としていましたと、トリフィン氏は説明しています。しかし、外国人がドルを信用して使い続けるためには、米国政府が国内で低インフレ政策をとらなければならず、通貨の供給が制限され、「世界貿易の自由化・拡大という戦後のトレンドが壊滅的に逆転する」危険性がありました。
 
また、ニクソン政権は、米国経済の減速を避けたいと考えていました。そのため、米国のベトナム戦争や貿易赤字拡大に対応するために必要なドルの供給が急速に拡大していました。
 
1971年夏には、アメリカの金準備は20年前の半分になり、トロイオンス35ドルのままで、海外での金塊を担保とするドル債務の1/8の価値しかありませんでした。一方、自由市場の金は、トロイオンスあたり40ドルを超えていました。
 
この2層構造の市場は、1968年4月に始まったもので、前年11月に 英国が15%の英ポンド切り下げを行ったことによる大規模な金の投機的需要に圧倒され、米国主導のロンドン・ゴールド・プールで行われていた、貴金属の自由市場価格をドルの公定価格で制限することを目的とした中央銀行の協調販売が破られていました。現在では、固定価格での中央銀行か間の金移動と並行して、変動価格での公開取引が行われています。
 
世界大恐慌の頃、ブレトンウッズ協定の立案者である英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏は、1930年代の通貨の混乱を「酒を飲みすぎた金本位制」と呼んでいました。しかし、1968年から1971年のシステムは、催眠剤(Quaaludes)を飲んだ金本位制のようなものでした。現実から切り離されていましたが、現実にぶつかり、吐き気で目まいがして、息をするのに必死であったという状況でした。
 
さらに、ドルの金地金の裏付けをなくすことは、貴金属コインで売買していた人々が、紙幣を使うようになり、次に小切手やプラスチックカードを使うようになり、ほとんどのお金が銀行システムのデジタル入力として存在する今日のキャッシュレスの世界へと向かう、長い道のりのもう一つのステップに過ぎませんでした。
 
しかし、この変化は必然的なものであり、社会的・経済的トレンドを生み出したわけではありませんが、未だ私達が共に生きている3つの衝撃を世界に与えることとなりました。
 
1. インフレ
 
地金コインや地金を担保とした法定通貨の下では、生活費のインフレーションは未知のものではありませんでした。
 
例えば、世界で最も長い歴史を持ち、(不完全ではありますが)最も信頼性の高いデータを提供しているのは、英国の経験です。英国では、13世紀初頭から1913年までの間に、一般的な物価水準の半分以上が上昇しました。
 
イングランド銀行の「A Millennium of Macroeconomic Data」プロジェクトによると、第一次バロン戦争から4世紀後の南北戦争までの間、金貨や銀貨を使っても一般物価の10倍の上昇を止めることはできなかったということです。
 
しかし、強力なデフレのおかげでポンドの国内購買力は安定していました。そして、1930年代に金本位制を放棄した英国は、その後インフレしか経験しておらず、ニクソン・ショック以降、物価はかつてないほどに上昇しました。
 
英国の生活費は10年間で230%も上昇し、第一次世界大戦前夜の100倍以上になっていました。
 
英国の消費者物価指数とポンド建て金価格の推移
 
1971年以降、英国とその裏付けのないポンドは多くの独自の問題に直面しましたが、消費者物価はどこの国でも平時では前例のない速度で上昇し、オーストラリアでは1978年、フランスでは1979年、カナダとアメリカでは1980年、ドイツでは1988年に2倍以上になりました。このような物価上昇は、それぞれの通貨の購買力とは逆関係であり、2000年に入るまで莫大な金の埋蔵量に支えられていたスイスフランでさえ無縁ではありませんでした。
 
ニクソン大統領のドルと金の交換停止発表から25年の間に、スイスフランは1971年夏に買えた商品やサービスの40%しか買えなくなったのでした。
 
しかし、今日貨幣は文字通り無重力で錨を失ったままとなっていますが、政策立案者たちは、ゼロ金利やマイナス金利に加えて、中央銀行が無制限に貨幣を市場へ供給することで、インフレーションと同じように防ぐべきデフレーションと戦おうと必死になっています。ニクソン大統領が1971年8月の宣言時に「平価切り下げの弊害」を認めなかったことは、4年前のハロルド・ウィルソン英首相の不運なレトリックと同じですが、現在、政策立案者たちは積極的に復活させようとしており、貨幣の量がその価値にどのように影響するかは、彼らが未だ解決していない謎なのでしょう。
 
2. 不可視性
 
アメリカでは大恐慌の際に金貨が日常的に使われなくなりましたが(英国ではその20年前にすでに行われていませんでした。)、貨幣が金の裏付けを失ってからの50年間で、金融や経済の多くの側面が触れることのできない無形のものになってきました。
 
1970年、米国労働統計局が発表した消費者物価指数における現物商品の比重は63%で、10年前に比べてわずかに1%ポイント低下していました。その後、1980年には57%を下回り、1990年には45%にまで落ち込み、現在は37%にまで下げています。
 
株式市場でも同じことが言えます。1975年には、米国の上位500社の貸借対照表の83%が物理的な工場や他の有形資産でしたが、その後15%にまで減少し、1995年にはS&P500社全体で、「無形資産」(知的財産権や全く手のつけられない「のれん(Goodwill)」など)の評価額はすでに有形資産の2倍に達していました。この際に、資産規模5位までの企業の1つのみがテクノロジー関連会社でした。
 
3. 無限のお金
 
1930年にケ インズが指摘したように、金貨が日常生活の中で「見えなく」なると、発行されている紙幣やベースメタルを原料とした代用貨幣へという「長い貨幣の時代は、ついに貨幣を代表するものの時代へと移行」したのです。
 
ニクソン・ショックから50年を経て、貨幣は明らかに再び新しい時代へと移行し、(貨幣自身に価値があるのではなく)貨幣を代表するのみとなりました。
 
ある意味では、これは必ずしも新しいことではありません。1754年の冒険家のパンフレットによれば、「我々が貨幣と呼ぶものは恣意的であり、その性質と価値は人間同士の暗黙の慣習に依存している。」としています。「貝殻は金や銀と同様に金銭的価値の共通基準に適しています。」と続けています。
 
しかし、金や銀と同様に、貝の量は物理的に限られており、金が貨幣の価値と供給を裏付ける役割を終えると、貨幣は無限で無重力となったのです。
 
それゆえ、ニクソン・ショックから暗号通貨へは一直線につながっています。暗号通貨は、私たちが売買に使うものに何らかの制限を加えるために考案されましたが、実際には、目を見張るようなボラティリティを持つ完全な投機的資産として使われています。さらに重要なのは、今日の経済・金融生活、ゼロ金利やマイナス金利のような量的緩和は、ニクソン・ショックの直接的な結果であるということです。
 
自国通貨を管理している中央銀行は、今では資金が不足することはありません。また、銀行が貸し出したり、政府が借りることができるように、預金している貯蓄者に報いる必要もありません。量的緩和(QE)が証明しているように、彼らは単にもっとお金を作って、代わりに市場に送り出せば良いのです。
 
50年前にニクソン大統領が貨幣の固定と制限を解除したときに経済学を支配し始めたマネタリストの理論では、これは明らかにその通貨供給量の膨大さから購買力が暴落するハイパーインフレのリスクがあるはずでした。しかし、ニクソン大統領が1971年8月に「切り下げの弊害」を認めなかったことを、今では政策立案者が必死になって復活させようとしているのです。
 
日本は30年前にバブル崩壊後のデフレに陥って以来、このパラドックスに悩まされてきた。無制限のQEを行っても、国内でも為替市場でも円安にならない。世界的な銀行危機から10年が経過し、欧州、英国、米国の中央銀行は同じ問題に直面しています。無限にお金を作ることができるのに、お金の価値が思うように下がっていないのです。少なくとも現段階では。
 
欧米諸国がQEに舵を切ったことで、 新興国の中央銀行がドル、ユーロ、ポンド、円などの外貨準備に加えて、金に強い需要を見出したのは偶然ではありません。
 
西欧の中央銀行も金準備の売却をやめ、米国は1970年代後半から手つかずのまま、最大の備蓄を続けています。また、金が公的通貨の指標や裏付けとして復活する兆しは全くありませんが、貯蓄を守りたい一般家庭において金の需要はかつてないほど高まっています。
 
金は確かに価値を保全する役割を持ち、伝統的な貨幣の定義の一部でもあります。しかし、金や銀同様に貨幣が交換手段や勘定科目として機能していたのは、世界大戦の総力戦や福祉国家によって政府の支出制限が不可能となる前のことです。
 
例えば、銀行規制のための新しいバーゼル3ルールは、金が世界の貨幣としての役割を増やすことへの扉を開いています。
 
現在、銀行が顧客に対するリスクの高い債務と相殺できる「質の高い」資産は、現金と国債だけです。しかし、約10年前から行われて(成功しつつある) ロビー活動では、驚異的な深さの流動性を持つ市場で取引されている金も含まれるべきだと訴え続けています。
 
この市場は、1971年8月のニクソン・ショックによって、ようやく米ドルの束縛から解放されました。ドルは世界の主要通貨としての役割を(まだ)放棄していませんが、金は、米国の最も強力な政治的武器からの保護を望む中央銀行、投資家、貯蓄者にとっての代替手段として、その価値と知名度を劇的に高めてきているのです。

エィドリアン・アッシュは、ブリオンボールトのリサーチ主任として、市場分析ページ「Gold News」を編集しています。また、Forbeなどの主要金融分析サイトへ定期的に寄稿すると共に、BBCに市場専門家として定期的に出演しています。その市場分析は、英国のファイナンシャル・タイムズ、エコノミスト、米国のCNBC、Bloomberg、ドイツのDer Stern、FT Deutshland、イタリアのIl Sole 24 Ore、日本では日経新聞などの主要メディアでも頻繁に引用されています。

弊社現職に至る前には、一般投資家へ金融投資アドバイスを提供するロンドンでも有数な出版会社「Fleet Street Publication」の編集者を務め、2003年から2008年までは、英国の主要経済雑誌「The Daily Reckoning]のシティ・コレスポンダントを務めていました。

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