ゴードン・ブラウン氏の大規模な金準備売却から20年を経て
現代における最悪の投資判断でした。
2019年5月7日に、英国労働党政府が当時英国が保有していた金準備715トンの内の401トンの売却を告知して20年を迎えます。ここでブリオンボールトのリサーチダイレクターのエィドリアン・アッシュが解説しています。
地金業界の忠告を無視し、イングランド銀行の抵抗も退けたこの行動は、金の20年に及ぶ弱気市場の底値へと押し下げたのでした。
- 英国は1999年から2002年の間に401トンの金準備を売却しました。
- この売却価格の平均はトロイオンスあたり275ドルでした。
- この価格はブラウン元財務大臣が金準備売却の告知をした1999年5月6日の金価格をトロイオンスあたり10ドル下回っていました。
- 金の平均価格はブラウン元財務大臣が英国の金準備を売却して以来トロイオンスあたり997ドルと、262%増となっています。
- 今日金はトロイオンスあたり1275ドルと更なる367%増の価格で取引がされています。
大部分の投資家は投資判断の誤りはその個人のみが知るもので、個人の資産が影響を受けるのみです。しかしブラウン財務大臣の金準備売却は、おそらく彼の数ある政策判断の誤りの中でも最悪のもので、金市場で「ブラウン氏の最低値」と呼ばれている底値を引き起こした、現代の投資判断の最悪のものであると言えるでしょう。
財務省の告知は、1999年5月の金曜日の午後に行われました。それは、20年来の金価格の底値の頃であり、この告知は英国が金準備売却を行う7月までに10%価格を下げたのでした。それは、金地金市場の地盤を揺るがし、最初の売却までに2か月という告知期間を与えたのでした。
当時気が付いていませんでしたが、現在同様に当時世界の地金専門市場の決済や清算の中心であったイングランド銀行は、英国財務省が金準備を売却しようとしていた際に、金価格の下げを助けていたのです。それは、イングランド銀行は、金鉱会社が弱気市場で将来産出する金の売却価格をヘッジするため、また投機家が空売りをするための金を、低い金利を受けて貸し出していたためでした。そしてその量は、英国金準備の4分の1の量にも至っていました。
今となっては明らかに賢明でなかった労働党政権の1999年から2002年の金準備売却は、当時は合理的であると思われていたのです。それは、多くの中央銀行が同様に金準備を売却していたことからでした。
金本位制は米国によって当時から30年前に既に終わりを告げていました。中央銀行の管理を離れたことによって金価格は10年後にピークに達した後に、2000年を迎える前に下落していたのでした。
ユーロが導入され、欧州大陸の主要西欧諸国は新たな政治的プロジェクトを単一通貨で推し進めていました。新たな通貨システムは古くからのシステムが用をなさないものとも見せていました。実際、もし歴史に興味があれば、ブラウン氏は1870年代初頭に金本位制が導入された際に、ドイツが銀を大量に売却して、フランスを含む他の諸国が動く前に金を大量に購入したことから学んでいたのかもしれません。
1990年代後半は、長い経済成長と株式市場が記録的な高さで推移していたことから、多くの西欧諸国政府は金本位制とブレトンウッズ体制のレガシーともいえる金保有を減少させていたのでした。そのために、英国の財務省は金売却に後れを取ってはいけないと考えたのでしょう。ブラウン氏は国際通貨基金に保有の金を売却することを勧めていました。そして、この売却金で第三世界が抱える債務を2000年を前に取り消すことを提案していたのです。
このイデオロギーがブラウン氏の中央銀行による金準備売却を動かしていました。実際、この思想は1921年に「Complete victory of socializm」を執筆したレーニンに起因していました。古くから中央銀行は、彼らの紙幣が、それが米国ドルやユーロや英国ポンドであっても、その信用を失うことを恐れていました。そして現在は、ロシアがけん引し、中国やインドが続き、その金準備を増加させています。
当時の労働党政権の金準備売却は衝撃的であったことから、西欧諸国は即座に協議して、その年の9月には先5年間の金準備売却に上限を付ける公的な合意をしたのでした。これにより、そして金の貸し出しを制限したことからも、ブラウン元財務大臣が作り上げた「ブラウン氏の底値」で金価格をサポートし、金価格は上昇したのでした。そして、中央銀行金合意(CBGA)は、それ以降3度更新されていますが、中央銀行の金売却はほぼなくなっています。
1999年から2002年の英国の金準備売却は次の3つの教訓を今日の一般投資家に与えたのでした。
1.合理的と思えることでも必ずしも賢明ではない場合がある
20世紀の終わりに多くの人々が見たように、金は19世紀の終わりの馬のように思えたことでしょう。これは、人類の発展により価値のあったものがその価値を失うということのように。欧米の投資家は、ITバブルのIPO等で盲目となっていました。そして、主要4国(米国、ドイツ、イタリア、フランス)を除くほぼ全ての西欧の中央銀行が金準備の売却を行っていました。しかし、先進国以外の国々では、金は引き続き輝いていたのです。そして、傲慢な政策立案者のおかげで、金融危機はすぐそこに待ち受けていたのでした。このようなことからも、直近のニュースや情報を超えたファンダメンタルを見抜くこと、そして今起こっていることが続いていくと単純に推測することは避けなければなりません。
2.英国が保有する金の量は英国ポンドの安定には全く意味をなさない
金準備の量よりも、他の政策、特に財政赤字の額や政策金利がより重要です。ブラウン氏の金準備売却後の10年間に英国ポンドは35年ぶりの高さへと為替市場で上昇しました。ロシアの現在世界5位に達した金準備は、ロシアのルーブル安を止めることはありませんでした。ベネズエラは外貨準備高の60%を金で保有していますが、経済は破綻しています。
3.低値で売るのではなく、他の市場が下げている際に金を売却するべき
政府は危機時に金準備を使うことが難しくなります。それは、金準備を売却することで、状況が悪いことを示すシグナルを送ることとなり、状況がさらに悪化することからです。しかし、一般投資家にはそのような制約はありません。そこで、他の資産が安く、金が高い時に売却を行い、ポートフォリオのリバランスを行うことができるのです。
過去の資産価値の推移は必ずしも将来の価格動向を保証するわけではありませんが、地金は他の金融資産が下げた際の上昇する傾向があることから金融システムの保険となることは歴史が証明してきています。例えば1968年から5年間ベースにおいては、英国株価が下げた際に金は96%の割合で上昇しており、米国の投資家にとっては、S&P株価指数が下げた際に98%で金は上昇しているのです。