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先進国中央銀行「金融緩和競争」 をどうみるか

専修大学経済学部教授で、金融政策の専門家である田中隆之博士が、2012年11月19日にロンドン勉強会で行った、先進国中央銀行が昨今行っている「金融緩和競争」についての講演において、非伝等金融政策、その今日までの流れ、その効果と問題点、デフレ克服と中央銀行という項目ごとに解説された際の資料を、ここでお届けします。

1 非伝統的金融政策とは何か

(1) 伝統的金融政策とは

•(金融緩和の場合)

 ②中央銀行が政策金利(コールレート)を引き下げ

 →③中長期金利が低下

 →④貸出が増加(信用が拡張)=貨幣(マネーストック)供給が増加

 →⑤経済活動が拡張

•②政策金利を引き下げるために

←①公開市場操作(短期国債の売買)で中央銀行当座預金残高を増額

図表1 伝統的金融政策の波及経路(緩和の場合)

図表2 中央銀行と市中銀行のバランスシート

§ 誰が貨幣供給を行うのか

・貨幣(決済手段)=マネーストック(マネーサプライ)=現金+預金

・貨幣を増加させることができるのは民間銀行

民間銀行の貸出の増加→預金の増加→貨幣の増加

・中央銀行は、金利を引下げて民間銀行の貸出増加=貨幣供給を促すことができる

直接貨幣(マネーストック)供給を増やすことはできない。政策金利引下げのために準備預金(マネタリーベース)を供給することはできる

(補足)

•「金融緩和=貨幣(マネーストック)供給の増加」という捉え方

→平時には、結果としてそうなっている

ただし、中央銀行が直接それを行えるわけではない

※マクロ経済学のモデルは銀行部門(中央銀行+市中銀行)が貨幣供給を行えると仮定

•「金融緩和=中央銀行がお札を刷る(printing money)」という捉え方

→全くの誤り。比喩以外のものではない。

§ 日本の1980年代までの金融政策

•預金準備率の引上げ・引下げ(準備預金の増減)

•貸出政策(中央銀行から市中銀行への貸出=準備預金の増減)

•窓口指導(中央銀行が、市中銀行から企業への貸出を直接的にコントロール)

~つまり、中央銀行が政策金利の上げ下げを介さずに、貨幣供給を増加(=実体経済を拡張)できた

(以上は、現在の中国などの金融政策と近い、ともいえる)

(2) 非伝統的金融政策の整理

•「ゼロ金利制約」

~コールレート(翌日物)がゼロに達し(②が機能せず)、伝統的金融政策が展開できない状況

•非伝統的金融政策

~「ゼロ金利制約」で、伝統的金融政策の②が機能しない→別の手段で③、④を機能させる政策

図表3 金融政策の整理

A 中央銀行当座預金の増額

•狙い:市中銀行に大量の準備預金(マネタリーベース)を供給することで、銀行の貸出・有価証券投資を誘発[ポートフォリオ・リバランス効果」

•②が作用しないなか④を直接喚起

•量的緩和期の日本、BOEの量的緩和~効果がみられなかった

•市中銀行の流動性対策(金融システム安定化策)としては機能

B 資産購入(非伝統的金融資産の購入)

•狙い:長期国債や民間のリスク資産を買うことで、(信用スプレッド、リスクプレミアムの低下による)長期金利の引き下げをはかる

•②が作用しないので③を直接喚起

•日銀の包括緩和、FRBのQE~効果は限定的

•一般企業の資金繰りを意識した流動性対策(金融システム安定化策)としては機能

図表4 国債イールドカーブ

C1 フォワードガイダンス(1):長期金利の(低め)誘導

•将来の短期金利を低水準に維持するという政策コミットメントを行う

•狙い:市場の短期金利の先行き予想を低めて、長期金利の引き下げをはかる(「金利の期間構成に関する期待仮説」に依拠)

•②が作用しないので③を直接喚起

•日銀の量的緩和時(「時間軸政策」)、FRBのQE時に実行。ある程度機能

§ 長期金利と短期金利の関係(金利の期間構成における期待仮説)

・長期金利Rnと、将来の各期間の短期金利r1、r2、……、rnとの間には、

の関係がある。

・ただし、Rn、r1は現在市場で観察される金利だが、r2、……、rnは、将来の短期金利の現在における予想値

・これを線形近似すると、

が得られる。すなわち、長期金利は、現在から将来にわたって予想される短期金利の平均として表される

C2 フォワードガイダンス(2):インフレ期待の形成策

•「将来高いインフレが来ても金利を上げずにインフレを放置する」なる政策コミットメントを行う

•狙い:インフレ期待形成で実質金利を引下げ

実質金利=名目金利-期待インフレ率

というフィッシャー方程式に依拠

•②が作用しないので③(実質)を直接喚起

•「通貨の番人」としての信任の厚い中央銀行ほど、この約束を市場に信じ込ませるのは難しい(政策の時間非整合性の問題。提案者クルーグマンが撤回)

C3 フォワードガイダンス(3):成長期待の形成

•「名目GDPが一定の水準あるいは成長率に達するまで低金利、資産購入などの緩和政策を続ける」という政策コミットメントを行う

•②も③も作用しないので④の直接喚起を狙う

•長期金利が低下しても景気が動ない(成長のツールがない)場合には、成長期待も起きない

•確からしい成長の期待を超える成長(バブル)の期待を引き起こす場合には、誤った資源配分

•FRBのQE3では雇用をターゲットとしたが、考え方は同じ

(番外) マネタイゼーション(国債の中央銀行引き受けによる財政拡張)

•財政政策の財源を中央銀行が引き受ける

•財政拡張政策としての需給ギャップ縮小効果

•貨幣供給を確実に増やすことができる(マネタリスト的な意味での金融政策)

•デフレ脱却、景気刺激の効果は大きい

(副作用)

•政府債務残高の増加(財政規律の喪失)

•(デフレ克服を通り越した)高いインフレが訪れる可能性

→制御の難しいインフレが来ても、現状よりもマシというほどデフレが悪化すれば、実施も

2 非伝統的金融政策の今日までの流れ

(1)日銀の量的緩和(2001.3~06.3)

•米ITバブル崩壊後の景気後退に対応~景気刺激策として伝統的金融政策の代替

•当座預金増額(A)による「純粋な量的緩和」+コミットメントによる長期金利低め誘導(C1)

•以下が実証された:

①ポートフォリ・リバランス効果(A)は効果なし

②フォワードガイダンスによる長期金利低め誘導(C1)は(わずかに)効果あり

(2)金融危機前後からの各国中銀の金融緩和の性格(別表参照)

①FRB

-資産購入(B)+コミットメントによる長期金利低め誘導(C1)

-成長期待形成(C3)、住宅市場刺激を追加

②日銀

-当座預金増額(A)+資産購入(B)による長期金利低下+コミットメントによる長期金利低め誘導(C1)

-AからBに重点が移行/貸出促進を追加

③BOE

-資産購入(B)+当座預金増額(A)

‐Cは行わず/貸出促進を追加

図表7 中央銀行のバランスシート規模(対GDP比)

補論1 ECBの金融政策

•特殊な非伝統的金融政策の位置づけ~金融システム安定化の手段(ゼロ金利下の金融緩和手段ではない)

•今年9月に決めたOTMも同様

•これまでの資産拡大は、売り戻し条件付きのオペがほどんど(最長3年)

•金融緩和手段としては、金利引き下げを使用 (→仮に、ゼロ金利に達した時には何を金融緩和=景気刺激の手段にするのか?)

3 非伝統的金融政策の効果と問題点~QE3に寄せて

(1)フォワードガイダンスの問題点

①政策金利を約束し長期金利低下を促す効果は明確に存在

②インフレ期待形成(クルーグマン(1998))は、「通常中央銀行が許容しない高めのインフレ目標設定」による理論上可能。だが、政策の時間非整合の問題あり、信頼の厚い中央銀行では無理

③成長期待形成(ウッドフォード(2012)ら)は、背後に成長率促進のメカニズムの裏づけがないと期待は形成されず(インフレ期待形成との差)

(2)資産購入の問題点

①一般に、民間資産購入が、景気刺激に国債購入よりも効くかどうかは不明

②MBS購入の場合は、「住宅金利低下→住宅市場活性化」の意味はありそう~ただし、「住宅建設増加→雇用増 」まで進むかは未知数

③中銀はどこまで資産購入できるかは、理論的に確定できない。

•中銀の存在意義は、国債(国家の負債)と通貨(中銀の負債)の分離→財政規律と通貨の信認維持

•その結果、中銀が国債など資産の購入で財政を肩代わりする余地がある程度はある

◎金融政策一般についてのまとめ

•金融引締め(金利引上げ)には、常に(貨幣供給を絞り)景気減速効果あり

•金融緩和(金利引下げなど)は、資金需要のあるときには、引締めが解除される形で、信用を拡張し(貨幣供給増加)、景気刺激効果大/ただし、資金需要の乏しいときには、景気刺激効果小

⇒「綱は引けるけれど、押せない」

•通貨供給は、資金需要があるときにのみ行うことができる

4 デフレ克服と中央銀行

(1)ゼロ金利下での中央銀行の役割

①金融危機時

•銀行への準備供給、資産購入などによる金融システムの安定化

②金融危機を伴わない景気後退時

•景気刺激策を政府の財政出動に任せ、資産購入は控える~金融危機時の購入余地を残す/将来の高インフレを避ける

③長期をにらみ・・・

•イノベーションを支援する手段を強化

例) 日銀の成長基盤支援資金供給

(2)デフレ克服を政策目標とすべきか?

①「デフレ」という用語の再確認

•デフレ~一般物価の持続的下落

②「slightlyデフレと slightlyインフレは、経済に大きな違いをもたらさない」

•問題は、実質成長率

•デフレスパイラルは起きていない

•デフレ脱却は必ずしも成長率上昇を意味しない

③むしろ将来のインフレを心配すべき時

•経常収支赤字化→円安→輸入インフレの惧れ

(3)低成長の原因

①雇用問題(先進国共通)

•(a)企業レベルの生産性向上努力(雇用削減)+(b)節約された労働の新たな財・サービス生産への従事

→マクロの経済成長

•(b)を欠く場合には、失業増加・格差拡大

•日本では、企業による雇用コスト削減が進展→格差拡大(マクロの消費減)+企業の内部留保増加(しかし投資先見つからず投資停滞)

②人口減少

•将来の需要減をにらみ、投資停滞

(4)低成長克服への視点

①新たな財・サービス需要の開拓

•雇用総量の確保

•長期を睨んだイノベーション支援

②ワークシェアリングによる失業の吸収

•就業者の増加による技能形成、就業能力の保持

補論2 日銀の外債購入案について

①行った場合の効果

•金融緩和策としての景気刺激効果なし~市銀の日銀当座預金は増えるが、すでに政策金利がゼロなので金利下がらず(ポートフォリオ・リバランス効果もなし)

•円売り介入と同じ効果あり~加えて、「動かない日銀がついに動いた」という材料が市場でヒットした場合は、財務省の介入より大きな効果も(「ケインズの美人投票効果」)

②実施へのハードル

•米欧の円安誘導への同意取り付けが困難

•金融政策ではない政策を、なぜ財務省に代わって日銀が行うかの説明が困難

補論3 最近のトピックス

①日銀の2012.10.30の金融緩和

•「貸出増加を支援するための資金供給」~日本版ファンディング・フォア・レンディング

•政府(経済財政担当大臣、財務大臣)との連名文書「デフレ脱却に向けた取組について」発表 

②政局と日銀法改正論議

•安倍発言

参考文献

•Gertler, M. and P. Karadi (2012) “QE1 vs. 2 vs. 3… A Framework for Analyzing Large Scale Asset Purchases as a Monetary Policy Tool,” mimeo

•Krugman, P. (1998) ”It’s Baaack: Japans slump and the Return of the Liquidity Trap,” Brookings Papers on Economic Activity 2.

•Krugman, P. (2012) “How Could QE Work?” The New York Times. 9.16

•Woodford, M.(2012) “Methods of Policy Accommodation at the Interest-Rate Lower Bound” To be presented at the Jackson Hole Symposium

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1957年長野県生まれ。1981年東京大学経済学部卒業、日本長期信用銀行入行。産業調査部、調査部ニューヨーク駐在、市場企画部調査役、長銀総合研究所経済調査部主任研究員、長銀証券投資戦略室長チーフエコノミストなどを経て、現在専修大学経済学部教授、博士(経済学)。専門は財政金融政策、日本経済論。著書に、『「失われた十五年」と金融政策』(日本経済新聞出版社、2008年)、『金融危機にどう立ち向かうか』(ちくま新書、2009年)などがある。

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