金市場ニュース

メルティングポイント

スタンダードバンク東京支店長の池水雄一氏が、「池水雄一のゴールドディーリングのすべて2」で、過去に稀に起こった、「メルティングポイント」という状況を解説しています。

今週はちょっと目線を変えて、日々のマーケットの動きからは離れます。みなさんは「メルティングポイント」という言葉を聞いた事があるでしょうか。日本語 に無理やりなおすと「溶解点」ということになるでしょうか。貴金属が含まれる製品はいろいろあります。ごく少量ならまだいいのですが、たとえば金貨や銀貨、銀食器などはほぼ金や銀そのものと言ってもよいものです。そうすると、たとえば銀食器などは、その食器としての価格が、食器に含まれる銀の価格を上 回っていれば問題は起きないのですが、銀価格が急騰して、銀食器に含まれる銀の価値が、その銀食器の価格を大きく上回ることになると、目端の利く人は銀食器を買い集めて、それを溶かし、銀地金に焼きなおして、銀として市場で売ります。それでも利益が出るポイントを「メルティングポイント」といいます。

金や銀など貴金属が変動相場制にあるのに対して、銀食器や昔の法定金貨や銀貨は固定価格(通貨の「固定価格」は当たり前ですが)であることが、こういった情況を起こす原因となります。ですから、一般に出回っている金貨(メープルリーフ、ウイーン、クルーガーランド、カンガルーなど)は基本的には「地金型」コインと呼ばれ、そのときの金価格に取引価格が変る変動相場制です。

さて過去この「メルティングポイント」を越えるような事例が何度かありました。ごく最近では2011年4月に銀が50ドルにまで急騰した例があります。 このときはネットオークションで割安な銀食器を買い求める投資家が後を絶ちませんでした。そしてもっと昔にはもっとおおがかりな出来事があったのでそれを 紹介しておきましょう。

「100円稲穂銀貨」

実際に貴金属が通貨の材料として使われたいた頃にこういう事例が起こっています。1957年に発行された100円鳳凰銀貨とその次のデザイン替えで発行 された1961年の稲穂100円稲穂銀貨が最後の貴金属が使われた一般に出回った法定通貨です。重さは4.8グラム、銀が60%、銅が30%、亜鉛が10%という内容で、銀重量は4.8グラムX0.6=2.88グラムとなります。2013年3月現在の銀の価格は1グラム88円ですから、この100円銀貨に含まれる銀の価値は253円になり、額面を大きく超えていることになります。今では100円銀貨は流通からはなくなり、1967年から現在まで流通している100円硬貨は白銅貨であり銅75%、ニッケル25%のもので銀は入っていません。

さて、この100円銀貨が市場から消えることがありました。それは1980年にハント事件というテキサスの石油王が銀の買い占めを行ったときに銀価格が5ドルから50ドルまで上昇、当時のドル円が240円くらいであったことを考えると、銀の価格は390円近くまで急騰したことになり、当時残っていた稲穂100円銀貨が買い集められ大量に輸出され、溶かされて銀として売られました。これはまさに「メルティングポイント」大きく越えてそれを利用した「裁定取 引」が実行された例です。ちなみに国内で法定通貨を溶かすことは「貨幣損傷等取締法」により違法行為となり犯罪です。そのため銀貨は輸出され海外の製錬所で溶かされました。こういった経験から、これ以降は日本では貴金属が流通通貨に含まれることはなくなりました。

「天皇陛下御在位六十周年記念硬貨」

金価格と通貨の関係を示すもう一つの出来事が天皇金貨を取りまく出来事でした。1986年(昭和61年)に発行された額面10万円の金貨、1万円の銀貨、500円の白銅貨です。これは記念硬貨として臨時補助通貨とも呼ばれ、実際に額面で使うことができます。10万円の金貨は99.99%の純金。重さは 20g。当時の金価格でいうとその金の価値は4万円程度でした。それを10万円で交換するわけで国としては一枚につき6万円の利益が出ることになります。 それを1986年には1000万枚、1987年には100万枚も発行したのです。

記念金貨の額面を中に含まれる金の価値よりも高くすることは非常に稀なことです。普通は100円とか遙かに低い額面にするものです。特にそれが純金となるとその加工のしやすさから当然偽造される恐れがあるからです。これは実際の事件として現実のものとなりました。海外で大量の偽造天皇金貨が作られて日本に持ち込まれたのです。こちらももちろん純金。金の価値は同じですが、4万円のものが日本では10万円で使えるのです。純金はとてもやわらかいものなので、本物から鋳型を作れば比較的に偽物が作れてしまうのです。なんと偽造硬貨の数は10万枚を超えました。日本の損失は100億円を越えたとも言われています。国が儲けようとしてしっぺ返しを受けた結果になりました。この偽造金貨はスイスの貨幣商が日本に輸出したものでしたが、肝心の偽造団は捕まっていません。

ちなみに現在の金価格が4700円とすればこの天皇金貨の金としての価値は20g x 4700円=94000円です。今でもネットオークションで額面の10万円でのオファーが見受けられます。通貨としての10万円としての価値が保障されているとすれば、これを10万円で買って保持していることは価値があります。つまりもし今後金価格が上昇し、5000円にになったら、含まれる金の価値が ちょうど10万円になります。(20g x 5000円 = 10万円)そしてもっと上昇すれば(つまりメルティングポイントをこえれば)その分、金の価値として利益となるのです。そして「味噌」はたとえ、金価格が下落して、金純分の価値が下がっても、法定通貨として10万円の価値は保証されている、ということです。

10万円でこの記念金貨を買えれば、ただで10万円で売る権利(プットオプション)を買ったことになり、マーケット上昇による利益は無制限ということに なりますよね。世の中にはしばしばこういったことがあるのですね。もちろん、僕自身がこの10万円金貨を銀行に持っていって、1万円紙幣10枚に交換した わけではないので、実際に銀行がそれをやってくれるのかどうかは定かではありません。念のため。

以上

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池水雄一氏は、貴金属ディーリングの世界でも第一人者。上智大学を卒業後、住友商事、クレディ・スイス、三井物産、スタンダードバンクと貴金属ディーリングに一貫して従事し、現在はスタンダードバンク東京支店長。Oval Next Corp.サイトで市場分析ブルース(池水氏のディーラー名)レポートも掲載。

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