上海が金取引の中心であるロンドンに対抗することはできるのか?
中国での金取引が、世界の投資家や国内の投資家にとって自由なものでなければ、世界の金取引の中心となることはないでしょう。
上海が今週新たな国際金取引所を上海自由貿易区に設置しました。ブリオンボールトのリサーチ主任エィドリアン・アッシュがここで、この意味を解説しています。
このニュースは、多くの人々にとっては重要なニュースです。それは、世界の金市場が、この新たな取引所を世界一の金消費国である中国への窓口と見るからです。しかし、これは必ずしも正しい認識ではないかもしれません。それは、上海自由貿易区の金取引所が重要であると見なされるには、もう一歩進んで、中国の金の輸出や個人投資家保有の金が世界へ流出することを可能とする機能を持ち合わせていなければならないためです。
現時点では、中国と英国の金に関わる統計においては大きな違いがあります。まず、中国は世界最大の金産出国であり、金輸入国であるとともに、金消費国です。それに対し英国は、世帯ごとの負債の収入に対する割合が140%を越え、金宝飾品の需要すら高いものではありません。そして、個人投資家の金投資への需要は、アジアとは比較にはならないものです。
供給面を見てみると、英国は1938年以来金の産出は全く無く、地金専門市場が認定している専門市場用の金地金を精錬する会社もありません。
そのため、中国は世界の金市場において英国よりも大きな役割を担っていると思うかもしれません。しかし、ロンドンは、300年ほど前に世界の金市場の中心となって以来、世界の金の流れ、取引、価格付けの中心的役割を果たしてきています。
英国は、2004年以来金産出は全くなく、金需要は無いに等しいものがあります。しかし貿易統計によると、英国は6800トンの金を輸入しており、これは、長く金消費第一位であったインドを下回る量ですが、中国を上回っています。そして、5000トン以上を輸出しています。これは、世界の金の精錬量第一位のスイスを除き、最も多い量となっています。
この規模が如何に大きいかは、昨年の世界市場の需要が4500トンであったことからも分かることでしょう。それは、ロンドンが世界の金地金市場と専門市場の金保管の中心であることからです。(これは、銀においても同様で、英国は2013年の世界の最大輸入国であり、輸出国でもあります。)
金相場と英国に保管されている金地金量の関係も明確なものがあります。それは、英国の貿易データにおいて、金地金がロンドン専門市場の保管場所で増加している際は、金価格は上昇している傾向があります。それに対し、この保管量が減少している際は、価格が下落している傾向があります。そのため、ロンドンの保管量が底を付いた時、金価格は急落しています。
ブリオンボールトの分析では、2004年末にドル建て金価格が上昇していた際に、ロンドンで保管されていた金地金の量は平均38トンでありました。それに対し、価格の下落時には、ロンドンの保管場所の金地金は、月平均16トン減少(輸入から輸出を差し引いた量)しています。2013年の金価格の暴落時を除き、同様なパターンが見られます。2005年から2012年の間にドル建て金価格が下げている際、平均的な金のネット輸入量は、月当たり15トンであるのに対し、金価格上昇時には、月平均48トンのネット輸入量となっています。
そのために、ロンドンで保管されている金の量の変化は、世界の金相場に影響を与えているのです。それは現段階までは、中国への金の輸入量以上の影響力を持っているのです。
それは、なぜなのでしょうか。それは、中国においては、金の産出、輸入、精錬においては最盛期となっていますが、中国政府が金を「戦術的貴金属(Strategic Metal)」とみなしていることから、輸出は禁止されています。
そのため、中国における精錬会社8社が、ロンドン専門市場で取引されている標準の金地金の精錬を行うことを、ロンドン貴金属市場協会に認定されたとしても、中国で精錬された金地金は、世界一の需要を満たすために中国に留まり、ロンドンへ入ってくることはないのです。ちなみに、ロンドン貴金属市場協会に認定された精錬会社は世界で74社のみで、日本を除き、中国には世界で最も多くの認定された精錬会社があります。
また、中国政府は、金に限らず全ての金融商品において、世界の投資資金が中国に流入することを認めていません。これもまた、英国と中国の異なる点です。そのため、上海の保管場所は、現段階では世界の金投資市場には閉ざされているのです。だからこそ、世界の金の流れによる金相場への影響力が中国には伴っていないのです。
これは、上海黄金交易所が、新たな国際金取引所を、上海自由貿易区に木曜日にローンチしたことにより、変わっていくかもしれません。ここでは、中国の6行が、精算と決済をとり行い、既に公認を受けた、ロンドン専門市場のマーケットメーカーであるHSBCやUBSやゴールドマン・サックスを含む40社が、まずこの取引所に参加します。そして、世界の投資家が上海の保管場所に金を貯蔵することを選択するかはどうかは今後明らかとなることでしょう。
中国は共産党の独裁政権下にあることは変わりません。それに対し、ロンドンは1970年代に為替管理が行われ、英国投資家の資金の移動や金購入が制限された時代はあったとしても、国外の投資家の資金の出し入れは許されていました。
中国の金の市場は自国の需要と供給を満たすだけであったことを覚えておくべきです。中国の金産出量は世界一ですが、ここで産出された金は国外へ出ることはありません。そして、中国の莫大な需要は、国外からの輸入を必要としたのです。2014年に世界の金価格が暴落した際に、需要は急増し、香港からのネット輸入量は、2012年から倍増し、1000トンを超えたのでした。これからも、中国投資家は、現段階では価格を追う(Price taker)ことはあっても、価格を作る(Price maker)ことはないのです。そのために、地金の売買や保管場所からの金の出し入れが自由に行われ、投資資金の自由な移動が許されていることが、ロンドンを世界の地金取引の中心にとどまらせているのです。
上海の新たな自由貿易区の金市場は、中国にとっては一つのステップであり、変化でしょう。そして、この自由貿易区は、中国への金輸入の窓口である香港の役割をいずれ担うこととなることでしょう。しかし、中国が金取引を実質的に自由化し、国外の資金と金の流入出を、自国内からのものと共に認めた時にこそ、300年を越えて世界の地金市場の中心であるロンドンと同じ土俵に立つこととなるのです。