マイナス金利が金相場に与える影響
金は他の資産クラスのパフォーマンスが悪い際に、そのパフォーマンスを高めます。そして、人々が中央銀行への信頼を失った際には、より際立ったパフォーマンスを見せるものです。
2016年は、年初から金は20%上昇しています。これは1980年以来の最も急激な上昇率となります。ここで、ブリオンボールトのリサーチ主任エィドリアン・アッシュがその背景を解説しています。
2016年は、株式市場の混乱が金相場の助けとなっています。S&P500とFTSE100は、年初からの50営業日で昨年末の水準へいまだ戻していません。これは、2008年のリーマン・ブラザーズ破綻以降には見られていない現象です。そして、それ以前は、2000年のインターネットバブル崩壊の際に見られたものです。
しかし、今日までの2016年の実質的な懸念は、世界の中央銀行がデフレの脅威に慄いている点です。生活費が下落する中、実質金利が上昇することを如何なる手を使っても阻止しようとする中央銀行の態度が、安全資産としての金を再認識させることとなったのです。
金は金利を生み出しません。しかし、破壊することもできません。そのために、銀行預金や債券とは大きく異なるのです。金の投資商品としての機会費用は、他の資産に投資することによって得る金利もしくは利回り、そして金を保険をかけて保管する費用となります。そのために、金相場は、金利、特にインフレを考慮した実質金利の変化、その動向に、その水準よりも繊細に反応することになるのです。
このチャートは、過去45年間の米国の消費者物価指数を考慮にいれた実質金価格の1年間の変化を%で表したもの(青)と、米国債10年物の実質利回り(赤)を表しています。
- 実質利回りと実質金価格が、この期間の60%で反対の方向へ動いていることが分かります。
- 実質金価格が12ヶ月前から10%以上高く取引されている場合、実質利回りは35%のみ上昇しています。
- 実質金価格が10%以下となった場合、実質利回りは74%以上上昇しています。
先のように言ったとしても、もし金と他の資産クラスの、一定の安定した取引に利用できる関係を見つけたという人がいた場合、それは、長期間これらの価格の動きを見ていないと言えるでしょう。金価格が株価と相関性を持たないということはよく知られていますが、実際には、完璧な正の相関関係であることもあり、負の相関関係、そしてゼロとなることもあります。しかし、一定の期間では、株との相関関係が+1.0(同方向)、もしくは-1.0(逆方向)に動くこともあるのです。
しかしながら、金の金利との根本的な関係は、米国連邦準備制度理事会が、昨年12月についに金利を0.5%へと引き上げ、金価格が過去6年間で最も低い水準へ下げた際に、注目されることとなりました。これ以降行われた78回の世界の中央銀行の金融政策決定会合では、13回金利は据え置かれ、もしくは引き下げが决定されています。この中には、GDPにおいて世界最大の経済圏を持つ欧州中央銀行が政策金利を0に引き下げたことも含み、また世界4位の経済規模を誇る日本も、欧州中央銀行、スイス中銀、スウェーデン中銀に次いで、民間銀行が中銀に預ける預金金利をマイナスへと引き下げています。
マイナス金利政策(NIRP)は、商業銀行の貸出を促す力があるとされていますが、その実行力は未だ確かではありません。実際、ユーロ圏内の商業銀行の余剰資金は、2014年に欧州中銀がこの政策を取り入れて以来、今年の1月に記録的水準の5000億ユーロまで増加し、日々18億ユーロの費用が発生していることから、新たなビジネスへの貸出はあまり行われていないようです。そして、ドラギ欧州中銀総裁は記者会見での対応を誤ったことから、中銀預金金利を0.4%に引き下げて、資産購入額を月間800億ユーロへ拡大したにもかかわらず、ユーロ安を引き起こすことができませんでした。日銀の黒田総裁もまた、円安を作り出すことに苦難しています。しかし、両総裁は、現金を中銀で保有することは、金のラージバーを專門保管場所で貯蔵するより費用がかかるという状況を作り出しました。
日本のマイナス金利は、金地金を專門の保管場所で貯蔵する費用に近づいています。スイスのLIBORとスウェーデン中銀の預金金利は、既に金のETFに投資した際の費用を上回っています。主要金ETFにおいて、最も費用が安いiShareゴールドトラストでは、年間0.25%の費用が必要です。しかし、2016年に需要が急増したために、米規制当局の証券取引委員会(SEC)への書類の提出に遅れがでたことから、3月初旬にその販売を中止せざるを得なくなりました。また、その年間費用が0.4%である金ETFの最大銘柄のSPDRゴールドシェアは、2015年末にその残高が過去8年間の最低水準となったものの、今年に入り25%増と、2010年夏のギリシャ債務危機以来のスピードで残高を増加させています。
専門市場で取引が行われているラージバーと呼ばれる金地金の、地金專門保管場所の費用は、ロンドンの専門市場では年間0.1%となっています。そして、ブリオンボールトにおける保管費用は年間0.12%で、ロンドン、ニューヨーク、チューリッヒ、トロント、シンガポールの中から保管場所を選択できます。ブリオンボールトにおいても、2016年にその需要は急増しており、2月の新規顧客数は、過去12ヶ月平均の2倍となっていました。金投資家は、本来通貨を絶対的には信頼しません。しかし、中央銀行が更なる非伝統的金融政策を導入し、未踏の地へとより深く踏み込む中、金投資家の懸念は高まり、金への需要は高まらざるを得ないのです。