量的・質的金融緩和の効果と「出口」 ―先進国4中央銀行が共通に抱える問題の中で―
日銀が10月31日に衝撃的な追加緩和を行い、安部首相は11月21日にアベノミクスの信任を問うために衆院解散を行いました。金市場は、この2つのニュースに対しても敏感に反応しました。
このように、近年金市場は、世界の主要中央銀行の金融政策に強い影響を受けているといっても過言ではないでしょう。そこで、専修大学経済学部教授の田中隆之氏が11月14日に東京都内某所で行った、先の表題の講演の資料に、その後の情勢変化を踏まえ、24日付けで加筆修正いただいたものをここに掲載します。
はじめに
(1) 日銀の追加金融緩和(10月31日)
- 長期国債購入:年間約50兆円→80兆円/平均残存年限「7年程度」→「7~10年程度」
(その他、マネタリーベース増加額:年間約70兆円→80兆円。ETF購入:年間約1兆円→3兆円。J-REIT購入:約300億円→900億円)
- 7年ぶりの円安、株高〔図表1〕
- 「2年で2%」の物価目標達成のため/消費税引上げを援護するため
- これ以上日銀が国債の購入を増やしていいのか?/「出口」で何が起こるのか?
(2) 消費税再増税延期
- 解散(11月21日)、アベノミクスに信を問う総選挙へ
- 消費税増税(8%→10%)は17年4月に延期。ただし安倍首相は再延期しない意向
- 財政再建目標(国・地方のプライマリーバランスを2010年比で15年に半減、20年に均衡)の達成は絶望的。ただし安倍首相は、20年均衡の目標堅持と明言
1 金融政策とは何か?―そのメカニズムと非伝統的金融政策
(1) 通常の金融政策の景気刺激メカニズム
- 総需要調整の役割~景気刺激⇔インフレ抑制(緩和⇔引締め)
※成長トレンドの引き上げ策(成長戦略)ではない
- <政策金利の引き下げ>が出発点(緩和の場合)
- ※政策金利~日銀ではコールレート。翌日物(短期金利)
①公開市場操作(債券の買いオペによる準備供給)
→②政策金利引き下げ
→③長期金利の低下
→④貸出増(貨幣供給増)+設備投資・住宅投資・耐久財消費の増加(景気刺激)
(2) 「ゼロ金利制約」と非伝統的金融政策
- 「ゼロ金利制約」~政策金利がゼロ(それ以上、引き下げられない)
- 非伝統的金融政策~政策金利の引き下げによらない金融緩和策
①準備供給量の増加
②資産購入(長期国債などの買い切り)→長期金利の低下を狙う
※買い切り~通常の買いオペが短期の売戻条件付き買いであるのに対し、買ったまま満期まで持つ
③フォワードガイダンス政策
- 金融危機後は、②の資産購入が日・米・英など先進国中央銀行のスタンダードに
2 先進国中央銀行が共通に抱える問題
(1) 中央銀行の大量資産購入
先進国中央銀行が共通に抱える問題
① 低成長の中で、金融政策に成長率を引き上げる役割が課せられている
② そのため、中銀が資産(とりわけ国債)を大量購入せざるを得なくなっている
〔経緯〕
- リーマンショック(2008年)後、金融システム不安定化と景気後退への対処~当初、金融システム安定化策(政府、中銀)→景気刺激策としての財政出動(政府)と金利引下げ(中銀)→継続的な景気刺激が中銀の役割に
- だが、各国で政策金利がゼロに(「ゼロ金利制約」)〔図表2〕→非伝統的金融政策の発動
- その中心が資産購入(他に、フォワードガイダンス、相対型貸出誘導など)
(2)先進国4中央銀行における資産購入の展開
- 米連邦準備制度(FRS)~QE1〔09年3月~10年3月〕(長期国債と民間金融資産(MBSなど)の購入。金融安定化策の要素を残す)→QE2〔10年11月~11年6月〕・ツイストオペ〔11年9月~12年12月〕・QE3〔12年9月~〕(資産購入による景気刺激)→テーパリング(13年12月開始、14年10月完了。その後は残高維持の見込み)→「出口」へ(残高維持のまま政策金利引き上げか)〔図表3〕
- イングランド銀行(BOE)~QE〔09年3月~11月、11年10月~12年7月〕(長期国債の購入)→その後、保有残高の維持で「緩和を継続」(ガイダンス政策による補足)→「出口」へ(残高維持のまま政策金利引き上げか)
- 日銀~量的金融緩和〔01~06年〕(準備預金の増額)→金融危機後、固定金利オペ、包括緩和〔10年10月〕(長期国債を中心とした大量購入)→量的・質的金融緩和〔13年4月~〕(国債購入量の飛躍的増加。保有残存年限の長期化)〔図表4〕〔図表5〕→14年10月さらに強化
- 欧州中央銀行(ECB)~ソブリン危機対策・金融安定化策としての資産購入+景気刺激策としての金利引下げで対処〔13年まで〕→ABSとカバードボンド購入など決定〔14年9月〕(景気刺激策としての資産購入へ)〔図表6〕
3 資産購入の効果と問題点
(1)資産購入に想定された景気刺激メカニズム
- FRS、BOE(そして日銀?)による景気刺激経路の説明~中銀による長期国債の購入→長期国債価格上昇→長期金利低下→需要(設備投資・住宅投資・耐久財消費)の刺激
(注)通常の金融政策~短期国債・手形の条件付き売り買い→政策金利(短期金利)の上げ下げ→市場の「裁定」による長期金利の上下→需要刺激・抑制
(2)現実にはどう作用したか
- 資産購入~景気刺激には一定の効果。ただし、上の想定とは別のルート
- 株価が高騰→消費の刺激(資産効果)
- アメリカで顕著〔図表7〕〔図表8〕〔図表9〕。アベノミクスでも同様のメカニズム(設備投資がさほど盛り上がらないなか、消費堅調。ただし、公共投資=「第2の矢」が寄与。「期待」が効いた形跡なし)
(3)資産購入の4つの問題点――バーナンキ氏の認識
- 2012年8月の講演で、中銀の資産購入の4つの問題点を指摘
① 市場で取引される国債の減少(流動性の喪失)→長期金利上昇
② 中銀の保有資産増加→適時適切に金融緩和から抜け出せなくなる、という市場の憶測→インフレ予想の高まり(実際にインフレ)
③ 資産価格バブルの発生
④ 景気回復時に長期金利上昇→国債価格下落による中銀損失
- ②~「出口」戦略(超過準備への付利水準引き上げを伴う、政策金利の引き上げ)があるから問題ないと主張
- 4つの資産購入の副作用を「コスト」と捉えた上で、ベネフィットが上回るので、資産購入は行われるべき、と結論。政策の「出口」を示す(日銀と対照的)
(4)資産購入の究極の問題は何か――財政の持続可能性と金融政策
- 中銀の大量資産(国債)購入~財政の持続可能性が疑問視される状況下では、「出口」で長期金利の上昇とインフレ期待の形成を通して、「意図せざる政府債務の調整」をもたらす可能性を高める
〔理由〕
・中銀の国債購入停止→長期金利上昇
・政府債務残高が高い国(日本)では、長期金利急上昇の可能性→利払い増→財政再建が困難化
※とりわけ、日本では現在、新発債の7割を日銀が購入(追加緩和後は9割に!)
・この(市場参加者の)予想が発生すれば→(国債は売られ)長期金利さらに上昇
・財政当局がインフレによる調整が起きるまでこの状態を放置する、との見方が強まれば→(企業や家計の)インフレ予想が発生→長期金利の上昇と相まって、高めのインフレが政府債務を実質で減少させる「意図せざる政府債務の調整」が現実化する可能性
4 日銀は大量資産購入から抜け出せるか
(1)テーパリングを完了したFRS、そして日銀は?
- 「意図せざる政府債務の調整」を現実のものとしないため必要なこと
① 財政再建。少なくとも債務残高をこれ以上膨らませない
② 中銀が大量資産購入をやめる(「正常化」)
- アメリカ~FRSがこの10月でテーパリング(資産購入量の漸減)完了。資産保有残高に歯止め
- 日本~政府債務残高は2014年末で約230%と、アメリカ(106%)やイギリス(102%)の倍以上。年末、日銀の長期国債保有残高はGDP比39%に膨らむ見込み。FRS(15%)、BOE(22%)の2倍(追加緩和後のペースを15年末まで続けると57%に)〔図表10〕〔図表11〕:インフレによる「意図せざる政府債務の調整」に最も近い位置に
(2)アメリカ:第二次大戦後に「抜け出した」経験
- 連邦債務残高の対GDP比は終戦直後には119%(現在とほぼ同じ水準)→1959年に60%を割り、69年に30%台に減〔図表12〕
- この漸減が可能になったのは、①単年度の財政収支が改善したのに加え、②名目GDP成長率が高く(50~60年代平均約7%)、さらに③長期金利が低く抑えられていたため〔図表13〕
- 戦中の金融政策関与~FRBによる国債買い支え。10年物国債は2.0%を上限とし、売れ残りが出たらFRBが際限なく買う、などの措置(「金融抑圧」=人為的低金利政策)
- FRS保有の国債残高対GDP比は、1945年末がピークで10.4%(現在と類似の水準)→51年に財務省との「アコード」で国債価格支持政策から脱す。その前後から減少。FRS保有国債の8割以上が短期債であったことによる〔図表14〕
(3)今次FRSの「出口」の難しさ
- 今回、連邦政府債務残高削減は、前回より困難。財政悪化の主因は、社会保障費の増加。名目GDP成長率も、前回ほど高くない。長期金利を低く抑えられるどうか。
- FRSの国債保有残高削減も、前回比難しい。保有国債の平均残存期間は、53年には4.4年(アコード後長期化)だが、直近は国債だけで9.3年、民間資産込みで13.5年〔図表15〕
- FRSは保有する国債の残高を維持(再投資を行う)し、超過準備を抱えたままFFレート(と超過準備付利水準)引き上げか
- 中銀が大量の資産と超過準備を抱える事態からの脱却には時間を要するが、インフレを阻止しながら、長期金利急騰を抑えることができれば、「意図せざる政府債務の調整」を回避できる見込み
(4)さらに難しい日本のケース
- 日本の場合、このような展望すら描きにくい
- 財政再建が必須
- 日銀は大量資産購入からの「出口」戦略を示す必要(長期金利を上昇させずに国債購入額を漸減させ、残高維持へ)
- 政府→(消費税10%への引き上げ、その後のさらなる歳出削減と歳入増の青写真必要)~にもかわらず増税延期!(15年度プライマリーバランスの10年度比半減目標は絶望的。そもそも目処の立っていなかった20年度黒字化の目標もさらに困難に)
- 日銀→2%インフレ目標を(たとえば1%まで)引き下げ、早期に資産購入から撤退するのが得策〔図表16〕~にもかかわらず追加緩和!
- 政府・日銀は、もはや長期金利を人為的に引き下げる方策(「金融抑圧」政策)を継続せざるを得なくなる可能性も
※C・ラインハートは、すでに各国経済は金融抑圧の世界に入っていると診断
以上
〔参考文献〕
田中隆之[2013]「先進国中央銀行の非伝統的金融政策―その手段、効果、問題点―」『証券アナリストジャーナル』日本証券アナリスト協会、2月号
――――[2013]「経済教室 FRB議長にイエレン氏」『日本経済新聞』10月22日
――――[2014]「経済教室 検証フォワードガイダンス(下) FRBの修正、混乱は回避」『日本経済新聞』4月29日
――――[2014]「「大胆な金融緩和」の行方―先進国中央銀行が共通に抱える問題の中で―」『FORUM OPINION』9月、No.26
――――[2014]『アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策』金融財政事情研究会
――――[2014]「学者に聞け!視点争点 ECBは大量資産購入回避が得策」『週刊エコノミスト』11月11日